» 小ネタ!のブログ記事

こんにちは。

今回は本日birthdayな社長さんから、曙ブレーキ工業株式会社について調べてみたいと思います。

その名の通りブレーキを生産している会社で、akebonoブランドで自動車用を中心に事業展開しています。
その他、新幹線やモータースポーツにも部品を供給しており、F1ではボーダフォン・マクラーレン・メルセデスチームのオフィシャルサプライヤーでもあります。
略称は「ブレーキ」で、新聞の株価欄などにはそう記載されることが多いようです。まさにブレーキの会社といった感じですね。

また、社内には「モノづくり道場」があり、生産現場を強くできる人材育成のため整備されているそうです。
この「モノづくり道場」は、社員だけでなく取引先や他企業の人にまでakebonoのモノづくりを体験できる場として門戸を開いています。

さらには埼玉県羽生市にai-museumというブレーキの博物館を設立、公開しています。
ここでは実際の自動車でブレーキの動きや機能を知れたり、ブレーキ技術開発の歴史を学べたりと、ブレーキの重要性を理解することをコンセプトにした展示がされているそうです。

これらの情報は公式HPでさらに詳しく紹介されています。
モノづくりの考え方や歴史を伝えることを大切にしているのが伝わってきます。
技術に対する誇りを感じました。

今日は曙ブレーキ工業株式会社の話題でした。
ではでは。

こんにちは、aicoです。

今日、5月9日は「アイスクリームの日」です。

1964年のアイスクリームシーズンインとなる連休明けのこの日に
アイスクリーム協会が記念事業を行い諸施設へアイスクリームをプレゼントしたことで
1965年から「アイスクリームの日」は実施されているそうです。

さて、みなさんはアイスというとどんな思い出がありますか?
私の思い出のアイスは高校時代によく食べていた
ガリガリ君とパピコかな~と思います。
高校生の時ってよく友達と帰り道にガリガリ君を買って食べながら帰ったりしましたよね。
パピコは高校のとき初めて出来た彼氏とよく塾の休憩時間に半分こして食べてた思い出。
一緒にコンビニに行って買ったパピコの半分を「はいっ」って渡された時はいつもうれしかったものです。
社会人になった今では2つともあまり食べなくなってしまいましたが、
高校時代の夏の暑い時期は毎日のように食べてた気がします。青春の思い出です笑

ガリガリ君を出しているのは赤城乳業株式会社(非上場)、
パピコを販売しているのは江崎グリコ株式会社です。
ガリガリ君の名前の由来はかじったときのガリガリという音からだろうとは思うんですが、
パピコの名前の由来ってなんだろう~?と調べてみると、
ぱ行の「ぱ」「ぴ」「ぷ」「ぺ」「ぽ」は発音が歯切れも良く、明るいイメージがあるため…なんだとか。
確かに、パピコとかパナップとかポッキーとか、江崎グリコの商品にはよくぱ行が使われていますよね。

ちなみにアイスクリームは気温が22~23℃を超えると売れ始めるそうで、
アイスクリームが一番おいしく感じられる気温は25℃くらいなんだとか。
今日の東京は雨が降り出しそうな曇り空。
今日はアイスという気分ではないですが、これからのアイスの季節が楽しみですね!

では、また明日~♪

 

こんにちは!hikaru です。

今日はミヨシ油脂株式会社について。

マーガリン、ショートニング、ラード等の食用加工油脂を作っています。
また、シャンプーやリンス、石鹸などの洗剤製品も作っています。

さて、マーガリンと洗剤、一見関係無いように見えますが、
とても深い関係があります。

マーガリンは植物性の油脂に醗酵乳・食塩加えて乳化し
水素添加反応を起こすことで作られます。
水素を加えることで、常温でも油脂が固まるようになり、
マーガリンができるのです。

せっけんは、油脂にアルカリを加えて
“けん化” という化学反応を起こすことで作られます。
けん化によってできた物質は、水にも油にもなじみやすく、
水に汚れ (油) を溶かすことができます。
これが洗剤ですね。

油脂に対して何かしらの化学反応を起こすことで、これらは作られているのです。

ミヨシ油脂も、創業当時 (1921 年) は “ミヨシ石鹸工業” という名前で、繊維工業用の石鹸の製造をしていました。
1941 年からマーガリンを製造しはじめ、1941 年に現在の社名に変更しています。
(ちなみに上場したのも 1941 年です。)

それではまた明日!

こんにちは、aicoです。

私、社会人になってから節約にすっかりハマっています。
1週間で使うお金の上限を決めているので
週末、残ったお金を買い物に使ったり貯金したり
するのがうれしいんですよね〜

節約のお供といえばやっぱり家計簿と電卓ですよね!
今日は電卓のお話です。
今では手のひらサイズで百均でも売っている電卓ですが、
1964年に出た最初の電卓はなんと重さ25kgもあったそう!

今のような小さな電卓が作られたのは1972年のこと。
それまでは会社に1台、職場に1台しかなく企業向け製品という
イメージが強かった電卓を個人向けの製品として
コンパクトな外見・低価格で販売したのが
カシオ計算機株式会社のカシオミニでした。
低価格といっても発売当初は1万2千8百円。
それでも当時の相場の3分の1の価格で爆発的な大ヒットだったそうです。

そんなCASIOの社名の由来は創業者の名字「樫尾」から。
KASHIOではなくCASIOとしたのは創業当時、
世界で親しまれる企業になるという目標が込められているんだとか。
現在のカシオ計算機の代表は樫尾和雄氏ですが、
実は樫尾氏は4兄弟の三男で、
長男の忠雄氏は創業者、次男の俊雄氏は会長、
そして四男の幸雄氏は副社長なんですよ。

では、また明日!

アーカイブ

Kmonos(クモノス)ブログについて

2026年5月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031