» 歴史・沿革のブログ記事

こんにちは。今日は夏のような気候ですねー。
夏は、とりたてて好きでも嫌いでもありません。

でも今年の夏は、猛暑×電力不足が懸念されているということで
ちょっと注目(心配)しています。
その影響で、省エネ家電が売れているようです。
省エネ家電とは、魔法瓶、扇風機などのちょっと懐かしいものが多いようです。
(魔法瓶については上場企業特集の『節電で注目される生活用品――「魔法瓶」の歴史』)

さて、TOPページにいつのまにかついていた「kmonosサーチ」で
扇風機と入れて入力してみたら、意外な企業が出てきました。
(※kmonosサーチは各企業の有価証券報告書検索ができるシステムです。)
それは東山フイルム株式会社
事業内容は、現在は扇風機と関係ないのですが、実は最新の有価証券報告書の沿革

昭和24年5月
扇風機モーター、計器用特殊変圧器等の紙巻線の製作を目的として、
愛知県名古屋市千種区若竹町に東山電線株式会社を設立。

と出てきます。
なるほどー、この会社は扇風機モーターを作ることからはじまったのね、
と思うとなんだか感慨深いような気も。
現在は、社名の通り、液晶テレビやプラズマテレビ等のフラットパネルディスプレイに
使われる光学フィルムや、エレクトロニクス製品等に使われる高機能フィルムを
作っているそうです。

沿革によると、
昭和38年4月
電材部が発足。ポリエステルフィルムの成形加工を研究。独自の製法にて、
国内モーターメーカーに供給を始める。

このころからフイルム事業が始まったようですね。

無機質なようで、いろんな情報がつまっている有価証券報告書。
みなさんも、kmonosサーチで有報に親しんでみてくださいね!

今日も雨ですねー。
梅雨が迫っているのかしら?
こんにちは、あいぼです。

毎年梅雨の時期は、映画やDVDをみてもっぱら過ごす私。
お気に入りの映画館に行くと、映画を観る前に割とよくみる
コメ兵のCM。

このCMをみると映画館にきたんだなーと思います。
そんなコメ兵に関する小ネタです。

コメ兵といえば、ディスカウントリサイクルショップというイメージですが
実は、コメ兵のルーツはその名の通りお米屋さんなんだそうです。
明治30年に現在の代表の石原氏のおじいさんである兵次郎氏が愛知県に
お米屋さんである「米兵」を創業したそうです。

その後、石原氏のお父さんの代では戦争を経験したそうで、
物不足の戦後間もない時期に「高く買えばモノが集まり、安く売れば人が集まる」
という精神をもち、お米屋さんの一角を使い古着屋さんを創業したことがきっかけで
そのまま商号をついで今のリサイクルショップの原型をつくったそうです。

そして、今のように大きくなった現在でもおじいさんがはじめたお米屋さんは
あるそうです。

創業当時のお店が今でも引き継がれているってすごいですよねー!

ちなみにコメ兵の社長さんは本日お誕生日だそうです。
おめでとうございますー(´∀`*)

株式会社コメ兵
https://kmonos.jp/2780.html

最近、TBSのドラマ「JIN-仁-」にはまっています。
こんにちは、あいぼです。

「JIN-仁-」といえば、現代の技術を江戸時代にあるものを使い治療していく
仁先生の医療技術がみどころのひとつです。
その中でも一番苦戦しているのが医療機器です。
現代社会にあって当たり前のものが江戸時代にはないので
代用するか同じ効力を発揮するものを作らないといけません。

そこで今日は、病気になったときに一番にお世話になる身近な会社に
ついて調べてみました。

まず、手に取るのが、体温計。
体温計といえば、テルモが一番に思い浮かびます。

テルモはもともと世界で初めて血清療法を発見し第一回ノーベル賞候補となった
北里柴三郎氏をはじめとした医学者が発起人となって、ドイツ製に頼っていた体温計の
国産化を目的として大正10年に創立された会社だそうです。
その後体温計を製造し、森下仁丹(仁丹で有名な会社)から発売され、現在では
テルモ=体温計のイメージがつきました。

そんなテルモは体温計だけではなく、輸血を安全にする血液バックや
世界一細いインスリン用注射液を発売したりと患者さんの安全や痛みを緩和するような
製品を生み出して、医療現場を支える存在となっているそうです。

今はあって当たり前と感じるものでも、なくなって初めてもののありがたさを
実感しますよねー。

「仁-JIN-」をみながらもののありがたさを実感した週末だったのでした。

最近のマイブームは、朝にフルーツを食べることです。
こんにちは、フルーツ大好きのあいぼです。

フルーツだけでもおいしいですが、そこにヨーグルトをかけるのも
また味が変わっておいしいですよねー!(私はプレーン派ですっ笑)
今日はヨーグルトに関する小ネタです。

ヨーグルトが日本で発売されたのは大正6年のこと。
発売した会社はチチヤス株式会社(伊藤園の子会社)だそうです。

ヨーグルトを発売までこぎつけるのには、相当な苦労があったそう。
チチヤス株式会社は、明治19年に「貧しいものを救済し、慈善事業のもと国民の健康に貢献したい」
という思いから創業された会社です。
創業当時の日本ではまだ、牛乳は一般的なものではなく不浄なものとして扱われることが
多かったそうです。
しかし、健康に良いという認識は少しずつ広がっていたそうで、病気にかかった人が薬がわりに
飲むことが多かったそうです。
そんな時代、チチヤスの牛乳が明治天皇が愛飲していたことがきっかけで有名となり
牛乳の普及が一気に進んだんだそうです。

そんな中、ヨーグルトの効果に着目していたチチヤスは、日本で製造、販売できる
独自の器具の開発とヨーグルト菌の探求の結果、日本初のヨーグルトの販売まで
こぎつけたそうです。
当時はまだまだ高級品で、主に病気の人に向けて発売がされたようですが
のちに私たちでも手軽に買えるまでに浸透しました。

体に良いヨーグルトを国民が手軽に手に取れる。
ヨーグルトを日本で製造するというきっかけがなければ、今私たちはヨーグルトという
存在を知らなかったかもしれませんね!

ちなみに、チチヤスのヨーグルトの容器はプラスチック容器だそうですが、
これは業界に先駆けてチチヤスが開発した容器だそうです。
ガラスの容器をつかうより軽くて薄いプラスチック容器を使うことによって熱効率もよく
より高品質で安定したヨーグルトの製造を実現したといいます。
40年近く前に開発されたプラスチック容器だそうですが、今もなお
受け継がれていると思うと技術力の高さがうかがえますよね!

アーカイブ

Kmonos(クモノス)ブログについて

2024年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930