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今日も雨ですねー。。
早くカラっと晴れてほしいです。
こんにちは、あいぼです。

さて、今日は金曜日ですねー!!
そろそろ疲れも出てくるころかもしれません。
そんなときはマッサージでもいきたいなーと思いますよね!
ということで、Kmonosサーチで”マッサージ”と検索してみると
いっぱい知らない会社が出てきました!

そのなかでも興味深いのが、マブチモーター株式会社です。
マブチモーターは、小型モーターに特化した会社で
なんと世界シェアを半分以上を占めているんだそう。

そんなモーター界ではちょっと有名なマブチモーターですが
なにに使われてるんでしょうか??

当初おもちゃや模型向けにつくったそうですが、その小型モーターの
性能がかなりよく、世界で認められはじめたそうです。
この小型モーターの登場によって、ゼンマイ仕掛けのおもちゃが
消えたともいわれるようなクオリティのようです!

またこの技術をいかしてDVDプレーヤーのモーターや
小型マッサージのモーター、シェーバー、ドライヤーの
モーターも提供しているだとか!
意外に私たちの身近にすごい技術が使われてるんですねー!

マブチモーター株式会社
https://kmonos.jp/6592.html

こんばんは。諭吉です。
今日、この夏初めてセミの鳴き声を
聞きました。

さて、今日は株式会社東京會舘を話題に
したいと思います。

こちらの企業は創業がなんと大正11年という
とても歴史のある企業なのです。
結婚式場や宴会場、レストランの名門店を有していて、
仏・中・日のレストランを幅広く運営しています。

そして僕が目を引いたのは、ユニオンクラブという
会員制のクラブの存在です。
このユニオンクラブもまた歴史があり、
1972年に開設しています。

また、ユニオンクラブ側が認めた推薦人・または
会員の紹介がない限り入会することができないという
ことですから、この時点でこのクラブの敷居の高さを
感じさせられました。

こんにちは!諭吉です。

さて、昨日の付け毛の話題から今日は
カツラと植毛についてを話題にしたいと
思います。

皆さんは上記のワードを読んだとき、どのような
企業を連想されましたか。
多くの方が株式会社アデランスホールディングスや、
株式会社アートネイチャーを連想されたのではないかと
思います。

かつらというと、男性が使用するというイメージが
大きいかと思われますが、実は女性(50代~70代)の方に
需要が高まっているのだとか。
というのも、以前までは「つけて隠す」という
役割で使用されていたのですが、最近は
「足して付ける」「補う」という風に移行しているようです。

ここで少しかつらの歴史を振り返ってみましょう。
意外にもかつらの歴史は古く、日本では7世紀頃に
かつらを使用していたという記録が残っているのだとか。

更に海外では、エジプトのミイラがかつらを装着して
いるのが発見されており、威厳を示すという目的で
使用されていたようです。

話は現代に戻り、かつらの技術も進歩しているのですが、
株式会社アデランスホールディングスは自分の
髪を活かして増やすという技術があります。
なんと髪1本1本に人口毛を結着させ、その後のケアも不要、
シャンプー・ドライヤーもいつも通りに行うことが出来るという
ことから技術の進歩を物凄く感じました。

これから先どのような新しい進歩を見せてくれるのでしょうか。

こんにちは。

最近じゃがいも料理に凝っていて、ニョッキやポテトサラダ、芋餅、
肉じゃが、粉吹きいも、といろいろな料理を作っています。
単にいただいたじゃがいもがたくさんあるということなのですが、
じゃがいも、美味しいだけじゃなくて、ビタミンCなど
栄養も豊富なんですよ。

じゃがいもの中で好きな種類は私は断然男爵いも!
ほくほくしておいしいこのじゃがいも、なんでこの名前になったのか
ご存知ですか?
やっぱり男爵(バロン)がからんでいるのでしょうか?

そう、男爵いもは、明治時代に川田龍吉(かわだ・りょうきち)男爵が
イギリスから持ち込んで日本に定着させた品種という説が強い
そうなんです。
そんな川田男爵はどんなひとだったのでしょうか。

1856年、土佐藩士川田小一郎(後の日本銀行総裁であり、男爵)、
妻・美津の長男として現在の高知県に生まれ、
慶應義塾医学所に入塾したものの一年も経たずに中退してしまい、その後
スコットランドに7年間留学し、船舶機械技術を学んだのだそうです。
帰国後は、三菱製鉄所や日本郵船を経て1893年に横浜船渠会社取締役となり、
1897年に社長に就任という輝かしいキャリアの持ち主です。
その後、50歳で転機が訪れます。

横浜船渠会社の社長を退任し、函館船渠会社専務取締役として北海道に
渡ることになるのです。そしてその2年後、欧米からアイリッシュ・コブラー
という品種の馬鈴薯を自営の農場に導入し普及に努めます。
この品種が後に男爵いもの名で知られるようになった、というわけなのです。

55歳で同社を退社後は、北海道の農業の近代化に余生をささげたそうです。
川田男爵は、男爵いもの父と言うだけでなく、北海道の農業近代化の
父、とも言えそうですね。

でも150年以上前に生まれた人が、高知で生まれ、スコットランドを
経由して東京、横浜で働き、北海道でその生を終える、ってなんだか
すっごいグローバル、とうらやましくなってしまいました。

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