基礎って大事ですよね。仕事にしろ勉強にしろ基本的なことが理解できていないと応用も発展もできません。ゆえにどのような物事も初めはしっかりとした基礎を作り上げるということが肝要なわけです。当たり前ですよね、口で言うのは簡単だけど。

さて今回紹介するのは太平洋セメント株式会社です。こちらは社名にもある通りセメントを主力製品とする会社で、業界では最大手となる企業です。太平洋セメント株式会社自体は1998年に「秩父小野田株式会社」と「日本セメント株式会社」が合併して設立されたものでそこまで年月は深くないのですが、その元となった各セメント企業の系譜は明治の産業革命時から続いており、会社の設立としては1881年(明治14年)と非常に歴史ある企業(というより日本の近代産業史そのもの)と言えます。

前述の通り、現在の太平洋セメント株式会社の母体は大きく「秩父小野田株式会社」と「日本セメント株式会社」の二つに分類されるわけなのですが、さらに前者は「秩父セメント株式会社」と「小野田セメント株式会社」という二つの系譜に分離されます。「秩父セメント株式会社」は大河ドラマにもなった渋沢栄一が中心となり、石灰石の大鉱床である埼玉県秩父地方にある武甲山のふもとに設立したものになります。また「小野田セメント株式会社」の方は笠井順八という日本の実業家が山口県の小野田市に設立したもの(当時はセメント製造会社)で、当時国内初の民間セメント製造会社となっております。ちなみに先ほども出てきた1881年はこちらの会社が設立された年です。そして最後に「日本セメント株式会社」なのですが、こちらは東京都江東区深川にあった官営工場が元となっていて、それを同じく日本の実業家であった浅野総一郎が借り受け発足したものになります。浅野総一郎は現在の東京から横浜にかけてまたがる京浜工業地帯の生みの親ともいえる人物で渋沢栄一ほど有名ではありませんが明治の産業革命において同じくらい大きな功績を遺した人物です。

太平洋セメント株式会社はそれ以外にも違ったルーツを持つ会社が吸収合併を繰り返して出来上がった会社であり、今回紹介した渋沢、笠井、浅野以外にも多くの明治期の日本の実業家が関わっています。その点からも日本の産業の基礎となった会社であると言っても過言ではないでしょう。彼らが生み出したセメントは今も日本の建造物のみならず日本そのものを支えています。

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